渡辺弘子の布絵の世界Vol. 4

弘子姉さんが初めて挑んだ「デニムの布絵」をご紹介します。
昨年5月にJR西日本が主催するデニムのイベントが
京都と大阪駅であり、そこに出展するために制作した作品です。
写真は、まだ制作途中のものですが
ほとんど完成品に近いものですので、雰囲気は伝わると思います。



『鯖街道 熊川宿(さばかいどう くまがわじゅく)』

2010年制作(ヨコ140×タテ120cm)
デニムを使った作品は初めてなので
今までとは勝手も違うし、弘子姉さんは心配だったようです。
何を作ろうか…と考えた時
浮かんだのが「鯖街道」「熊川宿」です。
京都と若狭は昔から縁が深く、
たくさんの海産物が京都に運ばれていました。
若狭からの大量の鯖が運ばれる道を総称して
「鯖街道」と呼ばれるようになり
その宿場町として繁栄していたのが「熊川宿」です。


これが現在の「熊川宿」です。

弘子姉さんのおばさんが
「塩した鯖を京都に行商で運んでいた」という記憶もあり
純造兄さんと一緒に熊川宿に出かけ
写真を撮り、迷い無くこの作品に取りかかりました。

作品の下地は1枚のデニム地を柿渋で染めたものです。
むら染めにした柿渋がいい具合に
京都へと続く「鯖街道」を表現できました。
デニム地やデニムの耳も、
染めたり繋いで縫ったりと、あちこちに使っています。
屋根瓦、石垣、町並み、人物の衣服など、
よく見るとデニム素材がわかるかと思います。

松の木や山には蚊帳(かや)、
のれんには酒袋を使っています。
川は絣の裂き織り、波はデニムの耳、
背負人の籠にかけてあるのは、
息子の彰規(あきのり)君が小さい時に使っていた寝ゴザです。
朝早く若狭を出発し、熊川宿で一服している背負人など、
どこかほっと和んでいる「熊川宿」が伝わってきます。

このデニムの作品は弘子姉さんにとって
大きな転機となった作品です。
2年前に実母を亡くし、
長い間看病していた弘子姉さんの心に
ぽっかり穴があいてしまいました。
何事にも気力が無くなり、作品を作る気にもならず
まわりも心配する毎日でした。
その時にこのデニムの作品の依頼があり
弘子姉さんの心に「もう一度やってみよう」という
チャレンジの火を灯したのです。
弘子姉さんには、忘れられない作品になりました。

私は弘子姉さんの布絵が大好きで
いつか紹介したいと思っていました。
これを機会に多くの方に知って頂くと、
本当に嬉しく思います。

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