Archive for the ‘素材の話し番外編’ Category

近江の麻の老舗「林与」の「麻布看板」の話し!

2013/05/10

Premium Textile Japan(PTJ)』2014春夏展に出展した
近江の麻の老舗(株)林与の「看板」についてお話しします。

 明治30年創業の林与は、展示会ではいつもブースの正面に
「林与」の伝統のロゴをパッチワークで縫い取った
麻布の看板を掲げます。
お手製のこの看板は、林与のトレードマークとなっていますが、
実は昨年10月の『インターテキスタイル上海』の時に
紛失してしまったようなのです。


・・・・PTJでは新しい「林与看板」が掲げられました・・・・

 林社長は今回のPTJの展示会に間に合わせようと、
忙しい合間を縫って一人で作業を続け
展示会初日の5月8日に、会場の東京国際フォーラムに到着してから
「林与」のマークに縫い取った部分をカットする
最後の作業を行ったといいます。

 この「林与看板」制作のことは、
林社長の人気ブログ「リネン日記」で知ったので
どんな風に仕上がっているのかを見るのも
楽しみのひとつでした。


・・・・表地と裏地を重ねて縫い、最後にロゴの部分を切り取ります・・・・

初代の「林与看板」は、味わいのあるパッチワークでしたが
今回のものは、表地と裏地を重ねて仮縫いし、次にロゴの形を縫い、
最後にロゴの部分を切り取ります
裏地は倉庫に眠っていた40年前の紺の後染めリネンを、
表地は定番の生成りのソフトリネンを使用したといいます。

40年前のリネンは、フィブリル化(摩擦で毛羽立ちささくれる現象)し、
ふっくらといい感じになっています。
しかもシワになりにくいという特徴があります。
こういう麻布は、作ろうと思っても
なかなか作れるものではなく、
昔の糸や織りの優れた技術、年月を経た麻独特のもののようです。


・・・紺のリネンは40年前のもの。フィブリル化していい感じが出ています・・・・・


・・・・昨年のPTJの林与のブースに掲げられていた初代「林与看板」。
このときは『テキスタイル用語辞典』を販売させて頂きました・・・・


・・・・初代「林与看板」は、正方形のパッチワークで作った力作です・・・・

林社長は、昔のリネンを研究しながら
どうしたら現代にこのようないいものを作ることができるか…
しかも今のビジネスとして成り立つものを試行錯誤しています。
新しい試みも着々と進んでいます。
その話しは次回お伝えします。

「織りの国」ブータン旅行記

2012/11/04

Textile TreeのパートナーでもあるOffice ID Inc.のスタッフの
出原芳絵さんが、7月に旅行に行った
ブータンの織物の写真を送ってくださいました。
あまりにもステキだったので、「ブータン旅行記」を書いていただくことに!
出原さんはグラフィックデザイナーですが、写真も上手い!
織物の専門家ではないので、織物に関しては
あまり詳しくは書かれていませんが、
ブータンの空気感が伝わってくる、ステキな旅行記となりました。
出原さんのプロフィールはOffice ID Inc.のHPをご覧ください。

<出原さんの旅行記>

「世界最後の秘境」とも言われたブータン王国。
昨年国王夫妻が来日され、話題になりましたよね。
「国民の9割が幸せと解答する」という報道には、驚きました。


・・・・ブータン国王夫妻・・・・

7月下旬、バンコクで飛行機を乗り継ぎ、憧れのブータンへ出掛けました。
この時期は雨期なので観光客も少なめです。
毎日雨が降りますが、日本の梅雨のようにダラダラと降り続けることは稀で
降ったと思ったら突然晴れて、虹が現れます。
標高が高いせいか、虹がとても低い位置に見えました。
低く重なり山を覆う雲は龍が出てきそうな雰囲気を醸し出しています。


・・・・低い位置に虹がかかっています・・・・


・・・・龍が出てきそうな、山をおおう雲・・・・

 空港から首都のティンプーまでは車で1時間ほど。
さっそく市場をのぞきます。
野菜売り場を見てまず目に飛び込んでくるのは山のようなトウガラシ。
ブータン料理は「世界一辛い料理」と言われています。
トウガラシはスパイスではなく野菜扱い。
地元の料理には具材としてたっぷりと使われます。
屋台で売っていたのはトウガラシの天ぷら(もちろん丸ごと)です。
でも大丈夫。旅行者が行くレストランやホテルは
ビュッフェスタイルで辛くないメニューがちゃんと用意してあります。
野菜は変な農薬などを使わずに栽培されているので
日本で買うよりも味が濃く、美味しく感じます。


・・・・唐辛子はスパイスではなく“野菜”扱い!・・・・


・・・・唐辛子「まるごと天ぷら」・・・・

ティンプーに着いて最初に購入したもの。
それは女性の民族衣装の「キラ」です。
女性は一枚の大きな布をスカートのように腰に巻き、
上にブラウスを合わせます。

男性の民族衣装は「ゴ」。
日本の着物のような作りでハイソックスを合わせるのが一般的。
休日以外は民族衣装を着て仕事や学校に出掛けるブータン人。
せっかくなので滞在中は民族衣装で過ごそうと決めていました。


・・・・店内には鮮やかな生地がたくさんあります・・・・

機械織りの安いものもありますが、手織り専門店もあります。
こちらは豪華なお祭り用の布も多く扱っていました。
商品は一般の女性が家で織ったものを買い取っているようです。
「あのおばあちゃんは織物名人」とか
「仕立てならあそこのお母さんにお願いしよう」といったかんじで
自分たちで作ることも珍しくないようです。

手織り工房では若い女性たちが真剣に布を織っていました。
細やかな柄を出すために色鮮やかなヨコ糸を丁寧に渡していきます。
図案などを見ている様子はなく、全て頭の中に入っているようです。
ブータン人の美しい色彩感覚を感じられます。


・・・・織られている刺繍のような織物は「片面縫取織り」だとおもいます・・・・

さんざん迷った結果、着心地を考慮してコットンの「キラ」を購入しました。
風合い豊かで肌に優しい感触です。
日本人と同じような顔をしているブータンの人々。
民族衣装を着れば現地の人と間違われることもしばしば。


・・・・横断歩道の標識もゴを着た男性が描かれていました・・・・

ブータンはチベット仏教を信仰する国です。
滞在期間中に「仏陀が悟りを開いた日」がありました。
現地の人々はいつもより豪華な民族衣装でお洒落をして
お寺に参拝に出掛けます。

私が訪れたのはチミ・ラカンというお寺。
狭い田んぼの畦道を譲り合いながら進みます。
家族や学校の友達と連れ立って参拝した後は広場でピクニック。
広場には牛も犬もいて、気持ちのよい風が吹き抜けます。
日本人の中高年にブータン旅行が人気なのは、
昔の日本の里山風景に似ているからだそうです。

 お寺で出会った家族が
「日本で大きな地震があった時、私たちはずっと祈っていました」
と言ってくださいました。
大きな天災など無くても、彼らはいつも祈っています。
チベット仏教では自分の幸せではなく「皆が幸せであるように」と
祈りを捧げるのだそうです。
遠い国で誰かが祈っていてくれると思うと、少し心強く思えます。

ブータンは経済的には貧困国に属しますが
悲しい顔をしている人には会いませんでした。
街を歩く人はみんな笑顔で挨拶を交わし、
助け合って暮らしています。
初めて訪れたのに懐かしい雰囲気があるのは、
顔が日本人と近いというだけではなく
素朴でおおらかな国民性と、治安の良さが
旅行者に安心感を与えるからかもしれません。

まだ気軽にいつでも行ける国ではありませんが、
「ぜったいにもう一度行こう!」と思わせる土地でした。
これからの乾期には空が澄み切って
ヒマラヤが美しく見えるそうです。
今度は大きなお祭りの時期に、仮面舞踏を観に!

 

母手製の、絹の「どんぶく」。

2011/01/12

私の郷土(北秋田市)では
綿入れの半纏(はんてん)を「どんぶく」と呼んでいます。
2年前に亡くなった母は、かつて着物で過ごしており
また実家には着物の端切れも多く
丹前(たんぜん)や布団に再利用したり
「どんぶく」を作ってくれていました。

この写真の「どんぶく」は、結婚した当初
私とだんなさまに作ってくれたものです。
普通「どんぶく」は木綿であったり
最近はポリエステルが多いのですが
これは絹の着物地で、軽くて暖かく、当時は良く着ていました。
しばらくタンスに眠っており
最近ふと思い出し、引っ張り出しました。

これは私の「どんぶく」です。
ずいぶん染みになっていたり
虫が食ったような穴もあいていましたが
本当に軽く暖かく、また愛用し始めました。
「羽二重」に似た、しかし節がある生地で
薄く柔らかく繊細で、絹鳴りがするような…
おそらく羽織などの「裏地」に使われたものだと思います。

こちらはだんなさまの「どんぶく」です。
「唐桟縞(とうざんじま)」のような渋い縞柄で
しっかりした絹地です。
「江戸の粋人」になったようで、だんなさまのお気に入りです。

この2つの生地はかつて誰が着ていたものか
何に使われていたものかを聞かなかったことが
悔やまれます。

家族の絆。美智子さまのリフォーム。

2011/01/11

いつの時代からか、ものが簡単に安く手に入るようになってから
「ものを大切に」しなくなってきたようです。

自分で糸を紡いで織り上げたものは愛着があります。
綿や絹がなかなか手に入らなかった時代は
「使い切る」暮らしをしてきました。

古くなった着物は、端切れを縫い合わせて着物にしたり
(今でいうパッチワークですね)布団にしたりします。
布がくたびれてくるとそれをほどいて布を裂き
細い紐にして再び織り上げます。
これが「裂き織り(さきおり)」です。

これも使い古されてくると、さらに布を裂いて
今度は組み紐に作り直し
「背負子(しょいこ)」やワラジなどに利用されました。
最後は紐の端に火を付けて燃やし
煙は虫除けになり、灰は土に還ります。

私の母も、着物や毛糸をほどいてリフォームを
当たり前のようにしていました。
いまも母が着物地で作った綿入れ半纏(はんてん)がありますが
宝物のように思えます。

天皇ご一家も
美智子さまがお召しになったドレスを
ちょっと仕立てなおして紀宮さまが身につけられるなど
洋服のリフォームは、当たり前のこととしてなされて来たそうです。

この紀宮さまのコートは、はたしてどうなのでしょうね。

「もったいない」だけではなく
こうして捨てられない家族の思いがつまったリフォームには
「親子の絆」「家族の絆」が生まれるのだと思いました。