秋の早瀬で、大人のピクニック!

体育の日にかけての連休は、主人の実家のある福井県美浜町早瀬へ。
この日は、午前中、弘子姉さんのところで巨大シイラやコグリをさばいたあとで
弘子姉さんの発案で、近くの「みろく山」におむすびを持って
ピクニックに行こうということになりました。


・・・・弘子姉さんの家のお隣の「三宅彦右衛門酒造」もコスモスがきれい!・・・・


・・・弘子姉さんの家の前はお寺です・・・・


・・・・ああ、秋だなあ…コスモス大好き! ・・・・・


・・・・家の前のこの曼珠沙華が、弘子姉さんの布絵の作品になりました・・・・

何度も早瀬に来ているけど、ピクニックなんて初めて!
もちろんみんなも初めてです。
純造兄さん、弘子姉さん、大阪から来た次女の淑美姉さん
そして私たち夫婦の5人。
子供も孫もいない“兄弟姉妹の大人のピクニック”です。

お弁当は、弘子姉さんが朝早くコンビニで“買い占めてきた”おむすびと
ささっと作ってくれた、卵焼きとウインナー炒め
そして、醤油タレにくぐらせたシイラの付け焼きです。
手間をかけず、かといって“コンビニもの”だけではない
こういう気の利いたお弁当は、本当に嬉しいものです。
一見どうってことのないお弁当ですが、これが最高に美味しいのです!


・・・・みろく会館に続く道路の両側には八重桜やツツジが植えられています・・・


・・・・「みろく山」山頂から望む若狭湾。弘子姉さんの布絵『歓(よろこび)』は、
この先で行われていた定置網漁を作品にしたものです・・・・


・・・・左に見えるのがシイラを獲った漁師町の日向(ひるが)。
弘子姉さんは厳寒の1月に日向のたいこ橋(日向橋)で行われる
日向 水中綱引き』を作品にしました・・・・

「みろく山」は、山頂に彌勒堂が建てられているので、
地元の人がこう呼んでいる山で、本来は「岳山(だけやま)」といいます。
若狭湾や日向湖の美しい風景が望め、
昔は展望台もあり、お店も出ていたようです。
奥に仏舎利塔があり、花祭りなどが華やかに行われていました。
みろく会館に続く道路の両側には八重桜やツツジが植えられ、
春は見事な花盛り。
現在は、展望台は取り払われ、夜にアベックが来る程度で
訪れる人もほとんどないようです。


・・・・仏舎利塔の回りもススキやアケビなど秋がいっぱい・・・・


・・・・仏舎利塔の前で記念撮影。思い出し笑い?笑いが止まりません・・・

純造兄さんは、岳山の道路の環境整備や、
みろく会館の管理などのために、頻繁にこの地を訪れていますが、
こうしてプライベートで、しかもお弁当を持参しての“ピクニック”は初めて。
何度も訪れているのにとても新鮮な不思議な気持ちになったようです。

自然に話しは、昔の楽しく美しい時代の早瀬の話題になりました。
お祭りのこと、遠足のこと、両親の話し
あの頃は貧しかったのに、どうしてあんなに楽しかったんだろうか…
「ああ、昔に帰りたい…」
弘子姉さんが思わずつぶやいた言葉が、胸に突き刺さりました。


・・・・絵に描きたいくらいののどかなピクニック風景。向こうには若狭湾がひろがります・・・


・・・・おむすびはコンビニで調達。右端はさばいたばかりのシイラ
醤油だれにつけてさっと焼いたもの。これがものすごく美味しい!・・・・


・・・・青い空にはトンビがお弁当を狙っています!・・・・

弘子姉さんも、純造兄さんも早瀬が大好きです。
子供歌舞伎の『三番叟(さんばそう)』や、
神輿が海を渡る『水無月祭(みなづきさい)』、
男性が1年間交代で神主を務める「代祝子(ほうり)」というお役など
早瀬には素晴らしい伝統行事や文化があり
二人はこれを守り次の世代に伝えていきたいと、頑張ってきました。
しかし人口の減少による人材不足で、近年は行事もとぎれとぎれ…
それでも、休んでは復活したりと何とか継続しています。


・・・・ススキを身近で見るのも久しぶりです・・・・


・・・・この数年鹿が現れるようになり、新芽を食い荒らしています。
これは、鹿がつのを擦り付けて剥がした跡です・・・・


・・・・鹿の糞もありました。猿やイノシシも多く出るようになりました・・・・


・・・・DOCOMOの電波塔。遠くから「みろく山」の目印になります・・・・

弘子姉さんも、純造兄さんも年齢も重なり、
体調面でも不安を抱えています。
自分たちの気持ちだけではどうしようもない、
淋しさと憤りが込み上げてきたのかもしれません。
かつては、大家族で、親戚も近くにいて、
近所の方達ともまるで親戚のような付き合いで
親しく賑やかに過ごしてきました。

早瀬は行事が大変多く、またそれが丁寧なので、
毎年それをこなすためには大勢の人の力が必要です。
手間と労力が入り、人間関係も大変ですが、
しかしそれが年寄りから小さな子供までが
「早瀬の絆」となってまとまっていたのではないかと思います。
祭りや行事が無くなるということは、ある意味では
世代や文化を繋ぐ「絆」が裁ち切れてしまうことでもあります。

これから自分たちは“美しい国” “美しい故郷”を守るために、
何ができるのか、何をしていかなければならないのか…
青い空のトンビを見上げ、そういう思いが込み上げました。
みんなは一体どんなことを考えていたのでしょうか。

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